2015年9月17日に参議院議員会館にて、全国がん患者団体連合会(全がん連)と日本難病疾病団体協議会(JPA)主催による院内集会「緊急公開ラウンドテーブル〜このまま施行していいの?患者申出療養制度〜患者の立場に立った制度に向けて」が開催されましたので、ご報告いたします。
▲院内集会開催前の様子(参議院議員会館にて)
全国がん患者団体連合会(全がん連)と日本難病疾病団体協議会(JPA)主催
院内集会「緊急公開ラウンドテーブル〜このまま施行していいの?患者申出療養制度〜患者の立場に立った制度に向けて」開催記録
パネリスト(順不同)
高本久さん(日本難病・疾病団体協議会副代表理事)
伊藤たておさん(日本難病・疾病団体協議会理事会参与)
天野慎介さん(全国がん患者団体連合会理事長/グループ・ネクサス・ジャパン理事長)
松本陽子さん(全国がん患者団体連合会副理事長/愛媛がんサポートおれんじの会理事長)
眞島喜幸さん(全国がん患者団体連合会加盟団体/パンキャンジャパン理事長)
佐々木健さん(厚生労働省保険局医療課企画官)
藤原康弘さん(国立がん研究センター企画戦略局長・先進医療評価室長)
堤未果さん(ジャーナリスト)
(目次)
1.無理に6週間にとらわれない
2.経済格差が命の格差に
3.国民皆保険制度が崩壊しかねない
4.コストはだれが負担するのか
5.アメリカ型医療に向かってはいけない
6.制度経費は患者負担なのか
7.自由診療より自己負担が重い可能性も
8.医療格差を生む仕組みはだめ
9.混合診療解禁の最終コーナー、一気に
10.政策決定に力を持つ「有識者会議」にメスを
11.わらをもつかむ思いの患者心理
12.全額自費とほとんど負担は変わらない
患者申出療養の施行が来年4月に迫る中、一般社団法人「日本難病・疾病団体協議会」(JPA)と一般社団法人「全国がん患者団体連合会」(全がん連)は9月17日、参議院議員会館で緊急公開ラウンドテーブルを開きました。「このまま施行していいの? 患者申出療養制度~患者の立場に立った制度にむけて~」と題して、国立がん研究センター企画戦略局長の藤原康弘さん、ジャーナリストの堤未果さんを招き、同制度をめぐる問題と課題を検証するもの。厚労省保険局医療課企画官の佐々木健さんと2患者団体の代表らがそれぞれの意見を述べ、患者の立場に立った制度のあり方を、テーブルを囲んで議論しました。21団体が参加しました。司会の松本陽子さん(全がん連副理事長)は、要望書提出や中医協での発言など、開催にいたるいきさつを説明し、「それぞれの考え、制度の課題を発言してください」と切り出しました。
1.無理に6週間にとらわれない
まずは、厚労省の佐々木企画官が、中医協資料にそって、制度の解説をしました。7月8日の中医協資料を引用しながら、9月をめどに制度の詳細を取りまとめ、10月以降に省令、告示、通知などの整備に取り掛かる予定だとのべました。佐々木さんは、法の制定後も、中医協でさまざまな検討を進めてきたことを紹介し、健康保険法に追加された条文を解説しました。63条(療養の給付)を引きながら、「保険適応をするかどうかをきちんと見極めるための療養だということが、法律の本文に入っています」「保険収載を目指さないものは対象ではありません」と指摘しました。
▲佐々木健さん(厚生労働省保険局医療課企画官)
「インフォームド・コンセント」では、患者からの申し出かどうかを調べることや、臨床研究中核病院では相談の応需体制をとること、実施可能な医療機関の考え方については、先進医療の例を参考に示し、患者申出療養に関する会議で考え型を準備することが書かれています。
有害事象発生時の対処方法等について、佐々木さんは、先進医療や治験における対応を参考に検討する、とのべました。「実施計画対象外の患者からの申出に係る」の、実施計画とは臨床計画のことで、治験ですと、いわゆるコンパッショネートユースになるわけですが、「対象としては難しいと思われる方にも、門戸は閉ざしていません」とのべました。その報告・情報公開はホームページで行います。
患者申出療養について(厚生労働省第300回中央社会保険医療協議会総会資料)(PDF)
患者申出療養の具体的な制度設計について(厚生労働省第300回中央社会保険医療協議会総会資料)(PDF)
続けて8月26日中医協資料です。佐々木さんは、患者団体の問い合わせが多いものとして、「保険収載に向けた対応」に話を進めました。未承認薬を解消するためには、「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」にリストアップされることで、企業の開発インセンティブが上がる仕組みです。佐々木さんは、「先進医療も患者申出療養も、このプロセスと連携する。医療ニーズの高い医療機器等についても同様な連携を進め、企業に開発を促したいのです」とのべました。
「患者申出療養と人道的見地からの治験との連携イメージ」で佐々木さんは、「治験が走っている薬が患者申出療養の対象になることは当然、あります。その場合は、治験に回っていただける方は治験に回っていただきますし、企業や医師主導で、いわゆるコンパッショネートユースとして使う例もあると思います。それにも該当しない場合は、患者申出療養でできるかどうかを検討しようということです。審査期間が、6週間とスピードアップしたことばかりがクローズアップされるが、国会審議でも、医学的な見解が分かれる場合は、6週間にとらわれず、審査すると答弁されているところです」とのべました。
安全性・有効性の審査を行えば、6週間という短い期間でできない可能性はありますから、厚労省が一貫して、「無理に6週間にとらわれず、安全に審査する」という確固たる姿勢を貫いている発言は、患者にとっても、大変に心強いものでした。
▲高本久さん(日本難病・疾病団体協議会副代表理事)
JPA の高本久副代表理事は、厚労省に提出した意見書にそって説明をしました。続いて同参与の伊藤たておさんが、「厚労省のまとめた努力は評価しつつも、なぜ患者申出療養なのか、先進医療等と別に新たな制度を作らなくてはいけないのか」と問題提起をしました。伊藤さんは「いかにも患者が申し出たもの、と理解されるようなネーミングからして、何か裏があるのかと思います。周りの医療者も患者に聞いても、理解できている人はいません、実に複雑な仕組みです」とのべました。
患者申出療養制度に関する意見書(日本難病疾病団体協議会提出)(厚生労働省第303回中央社会保険医療協議会総会資料)(PDF)
伊藤さんは「患者申出療養は、混合診療の全面解禁に向けた最後のコーナーではないのか」と警鐘を鳴らしました。「施行する前になって、患者団体が意見を言わねばならないのは、今まで混合診療禁止だったのが、ここを最後に、次は全面解禁へ向かうと感じるからです」といいます。
▲伊藤たておさん(日本難病・疾病団体協議会理事会参与)
伊藤さんは「患者申出療養は、混合診療の全面解禁に向けた最後のコーナーではないのか」と警鐘を鳴らしました。「施行する前になって、患者団体が意見を言わねばならないのは、今まで混合診療禁止だったのが、ここを最後に、次は全面解禁へ向かうと感じるからです」といいます。
2.経済格差が命の格差に
全がん連理事長の天野慎介さんは、悪性リンパ腫という血液がんの患者団体の理事長でもあります。「国民皆保険制度と薬によって、命を救っていただいた当事者として発言します」と切り出しました。天野さんは、中医協での意見書を改めて説きながら、国立がん研究センターが作成した未承認薬の価格リストを紹介しました。
▲天野慎介さん(全国がん患者団体連合会理事長/グループ・ネクサス・ジャパン理事長)
「患者申出療養制度ができたら、この制度を使って新しい薬を使いたいと思う人が一定数いるのは事実でしょう。しかし、現実はこのリストにあるように、1ヶ月あたりの薬価が100万円を超えるものもあるような高額な薬価になっています。果たしてどれだけの患者がこれだけ高額な薬価を負担できるのでしょうか。もし、有効性と安全性が示された薬がこのまま保険償還されないとなれば、まさに、経済格差が命の格差につながりかねない状況となります」「家を売ってでも薬を買うような人が出ないようにするのが、国民皆保険制度です。先人の英知でできた制度が、昔に逆戻りしようとしているのではないかと危惧します」と強調しました。
患者申出療養制度に関する意見書(全国がん患者団体連合会提出)(厚生労働省第303回中央社会保険医療協議会総会資料)(PDF)
全がん連加盟団体のパンキャンジャパン理事の眞島喜幸さんは、膵臓がん撲滅を目指す患者団体です。自身も膵臓がんでしたが、国民皆保険制度により、いまはこのようにお話ができる、とのべました。「私たちの活動はほとんどがドラッグラグ解消でした。以前は、5年半のラグがありました。膵臓がんは致死率が93%で、ほとんどの方が一年たたずして亡くなります。そのような方に、五年待てとは、とてもいえません。一刻も早く、日本でも使えるようにしてほしいと訴えてきました。おかげさまで新薬の承認は早くなりました、いまはラグが2年ほどであり、まだまだ満足のいくスピードではありません」とのべました。希少癌は、製薬企業がなかなか薬を開発してくれない問題があります。日本では、待てど暮らせど、薬が保険償還されない現実があります。裕福な方は、海外へ行って治療して、戻ってくることができます。日本でも患者が使えるようにするべきだと考えます。
▲眞島喜幸さん(全国がん患者団体連合会加盟団体/パンキャンジャパン理事長)
眞島さんは「患者申出療養が出てきて、欧米まで行かれる患者ならば、医療費の負担ぐらいはできるでしょう。そのデータを使って日本の患者、全員が使えるように承認に使う。そのような観点なら賛成できるのですが、保険収載されることが絶対に必要です。ぜひ納得できる制度に作り上げてほしい」とのべました。
3.国民皆保険制度が崩壊しかねない
医師の立場から見た課題について、藤原さんは、「医薬品は薬事法令のもとで治験をちゃんとやって、薬事承認審査を受け、保険償還に至ることが大事なのです。そして、日本の国民皆保険制度の維持は必須だというのが、共通の考えだと思います。私もそう思います。それを崩しては、日本のいい医療が崩壊します。アメリカのような医療には絶対にしてはいけません。官民共通の意識として持ってほしい」と切り出し、「患者申出療養」について、次のように述べました。
▲藤原康弘さん(国立がん研究センター企画戦略局長・先進医療評価室長)
藤原さん自身、臨床研究中核病院で4月から患者申出療養の事務局を務めることになります。実際に事務を負担する立場から、去年の6月、いったい世界でどのくらいの薬が必要とされるのだろうか、精緻に調べようと、日米欧の知人からの情報も活用しながら、日本で未承認、欧米では既承認の抗がん剤のリストを作りました。そこには薬の値段も含まれています。今後、「患者申出療養」の対象になることが予想される薬剤も含まれています。藤原さんは、イギリス医学雑誌ランセット・オンコロジーにも「患者申出療養」の課題について発表しました。
国内で薬事法上未承認・適応外である医薬品について(国立がん研究センターがん対策情報センター)
国内で薬事法上未承認・適応外となる医薬品・適応のリスト(国立がん研究センターがん対策情報センター)(PDF)
藤原さんは「このまま患者申出療養制度が行われると、国民皆保険が崩壊するだろう」と心配します。中医協の議論でも、だれが薬剤を払うのか、実は、はっきりしていません。患者が払うことになるでしょうから、試算上は、日本未承認・海外既承認の抗がん剤の1ヶ月の薬剤の 75%が100万円以上です。50%が200万円以上。薬剤費をどうフォローするのか、中医協でも議論されていません。藤原さんは「払えない患者へのフォローがない。別の仕組みで対応できないのか」と指摘しました。
制度設計上は、保険診療につなげていくのが目的だ、とされています。しかし、簡単に薬事承認は取得できないのが日本の仕組みです。厚労省医薬食品局やPMDAが薬事承認のハードルを少し変えないと、「患者申出療養」で出されたデータを薬事承認につなげるのは、現行では至難の業です。
「先進医療」では、データは薬事承認の効率化につなげるとされていますが、承認審査に使えるとまでは、はっきり行政文書の中に書かれていません。「先進医療」であっても保険収載につながるかどうかは、制度設計から議論しないと、わからないのです。
希少な病気の薬について話を進めた藤原さんは、「小児疾患とか希少難病という、患者の数が日本全国で100人とか 1000人とかだと、どういう基準で国が薬事承認するのか、難しい問題を抱えています。たくさんの患者さんのデータを見ないと科学的に有効かつ安全かどうかは判断が難しい面があります」とのべました。
「『新しい薬は危ない』というのが世界の認識です。それを理解しないで、なんでも新しく承認された薬がいい、といって手をつけるのは、危険なことです。臨床試験をして、有効性と安全性を確立してから使ってもらうのが安全です。海外でも使ったことがない薬を使うのは、自殺行為に等しい。制度設計で考えないといけません」とのべました。
難病と希少癌の薬の開発は、企業にとって、おいしい話ではありません。マーケットが小さく、薬の値段は高くなります。さらに医薬品は承認された後も企業が安全性・有効性について様々なフォローをしないといけないので、かかる経費は高いのです。売り上げは数億、薬事承認の維持に何十億というものもあって、企業はなるべくなら、個人輸入してもらって、簡単にすませたいと思うでしょう。全世界を見ても、コンパッショネートユース、例外的使用といいますが、裏ではベロ出して、制度に後ろ向きなのが企業の本音です。今、コンパッショネート・ユースを積極的にやったら企業は経営的にマイナスになることが多いので。そこは認識して、制度設計をしないといけません。
4.コストはだれが負担するのか
患者申出療養を実際に担当する「臨床研究中核病院」の受け入れ体制に話を進めた藤原さん。「国から経済的な優遇措置は聞いていません」とのべました。患者申出療養を可能にするための経費はどこからも捻出されておらず、人的・金銭的な担保がいまだ見えないこと、頑張ろうとしても、病院には「やり損」の構図がある実態を指摘しました。
「私ども、がんセンターの予算は全体で 500 億円、国からのお金はそのうちの10%強しかなくて、毎年10%ずつ削減されている現状です。診療にかける経費は国からはほとんどもらっていません。臨床研究中核病院が患者申出療養の窓口を務めるとして、誰がやるのか。私は臨床もしていますから、年中無休に近く働いています。その上に患者申出療養をさらに進めるというのです。診療報酬上の再診料は 72 点、720 円しかありません。10分診ても20分診ても1時間診ても、720円です。診療報酬上で、しっかりと説明することについて担保されていないので、せっかく、患者さんのために頑張りたいと思っても、私たち、このままじゃ、死んじゃうのかなと思ってしまうのが現場の悲鳴です。臨床研究中核病院に勤める医療従事者はみんな感じていると思います」
「研究計画や同意説明文書を作るのは簡単なことではありません。作るには、数十ページにもわたる文書をつくるのですが、労力と時間がかかるのです。たえず海外の情報をみた上で作らないといけない。ひと月にひとつ作るのも大変です。いまから来年の春には、こういう薬が患者申出療養の対象になっているだろうから、それに対する計画や同意説明文書を作ろうと準備し始めないと間に合いません」
藤原さんは、「審査に6週間」という条件について、「難しい。安全性と有効性を考えて、正確に患者への適応を考える、というのは、かなり時間はかかる」とのべました。
さらに、患者申出療養を研究としてやる場合、無料でできるのか、という問題があると藤原さんは指摘しました。通常の治験では、企業が被験者一人あたり150万から200万円の経費をかけてやっています。仮に、診療とは別の時間を割いて、中核病院や特定機能病院がやるとしても、研究を実施することについて、どこからも経費は出ないのです。「だったら、診療だけやっている方がよほど都合がいい」と藤原さん。「来年の春に、診療報酬改定がありますから、患者申出療養を担う施設には加算をつけるとか、してもらわないと、医療機関側としては、この制度を充実させる動きには入りにくい」と述べました。
5.アメリカ型医療に向かってはいけない
ジャーナリストの堤未果さんは、アメリカで医療費高騰に苦しむ患者や医療現場の問題を描いた『沈みゆく大国アメリカ』(2部作)の著者です。堤さんは、「去年夏ごろから医療に関する法制度がどんどん変わっています。全国で講演していますが、『患者申出療養』を知っていますかと聞いても殆ど手はあがらない。インタビューに来るマスコミ関係者に聞いても初めて聞いたと言われる。医師も詳しくは知らないと言う。「患者」と名前についているのに、当事者である患者団体の反対の声は届かず、国会で野党が追求する懸念も払しょくされないまま、とにかく法案だけ先に通してしまった。
▲堤未果さん(ジャーナリスト)
成立時もそれ以降も大手マスコミはこの法律を詳しく報道していません。この法律の内容もさることながら、この乱暴な政策決定プロセスと報道自体に、ジャーナリストとして強い危機感を感じています」とのべました。堤さんは次々に行われる医療関連の法改正について、一つ一つの法律の大義名分よりも、大局を見てほしい、と指摘。「全体の方向性をみると、アメリカ型の医療自由化に向かっているのがわかります」とのべました。
「医療における日本とアメリカの最大の違いは、アメリカでは医療は値札がつけられ市場に並ぶの商品の一つだということです。一方日本の「国民皆保険制度」は、国が国民のいのちと健康に責任を持つという憲法 25 条がベースになっている【社会保障】。社会的共通資本モデルとして、WHOを始め世界各国から絶賛されています。あんなに医療費が抑えられており、保険証一枚で一定レベル以上の医療がフリーアクセス。国民は長寿を維持している。細かい問題は別として、社会保障モデルとして高く評価されているのです」
取材したアメリカのある大学教授は堤さんにこういったそうです。「日本、いや世界中どの国も、アメリカから絶対に輸入してはいけないものがひとつある。それが医療制度だ」堤さんは「アメリカ型医療の現実は、一言で言うと『命の沙汰も金次第』なのだと警告します。「キープレイヤーは製薬と医療保険業界です。例えば製薬企業上位 10 社はフォーチューン 500社内の他490社全部より高い利益をあげながら途方もない力を手にしている。日本は皆保険制度維持のために年々薬の値段が下がりますが、アメリカは薬の値段は製薬会社が決めていて、毎年約12%ずつ上がっていくからです。さらに民間の医療保険も「商品」ですから、保険料が高いうえに何かにつけ保険を払ってくれず、アメリカでは個人破産の6割は、医療破産。毎月の保険料が高いため、重症化してからERに駆け込む。病院側は無保険者でも ER は拒否できないので治療費が回収できず、年間300億円を超える持ち出し赤字が病院側の財政を圧迫し、軍事費とともに国の財政赤字を押し上げている。医産複合体はアメリカ政府をプッシュして他国にも市場を広げています。オーストラリア、韓国などどんどん自由化していますが、有望な投資先として最も熱い視線を注がれているのは、他でもない私達の国日本なのです」
堤さんは、「投資家と多国籍企業の狙いは、「皆保険制度」でコントロールし医療費を約40兆円におさえている日本の医療をアメリカ型に自由化して100兆円市場にすること」だという。そして、「患者申出療養制度で自己負担の薬が増えれば製薬会社はわざわざ治験を通すインセンティブを失い、保険外の薬が増えれば国民健康保険は形骸化する。するとそこに外資の民間医療保険のビジネスチャンスが生まれる。この制度が患者のためでないとしたら誰のための制度なのか?拙速に導入する前に私達は慎重に考えるべきでしょう」
さらに堤さんは、「こうした医療自由化法改正の提案元は誰か?骨子を決めている有識者会議の民間議員の顔ぶれは財界代表が占めている。当然、株主至上主義のアメリカ型になっていく。有識者会議に当事者も加えるよう働きかける必要があります」とのべました。「『患者申出療養』は、患者が望み、患者による患者のためのという、日本語のイメージがありますが、実際は当事者である患者団体は有識者のメンバーにすら入っていません。現行の保険収載機能を拡充する代わりに安全審査を短縮し、高額な新薬を自己負担で使わせる。実質的に混合診療を拡大すれば、アメリカと同じ様に国民は重症化するまで病院に行かなくなり、その分高くなった医療費が国の財政を圧迫し、医療費抑制という現政権の政策とも矛盾します。財界主導で強引に成立させたこの制度は、本当に、いったい誰の為の制度なのか?もう一度丁寧に検証し、制度自体を見直すべきでしょう」とのべました。
6.制度経費は患者負担なのか
後半はテーブルを囲んで、討論になりました。
最初の論点は、患者申出療養制度のデータを承認データに活かす道のりがはっきりしないことです。
眞島さんは、「患者申出療養で一番懸念するのは、この制度を使って、薬が保険償還されるかどうか、です。そのコストをだれが持つのか。医薬品についてのコストは患者負担で、ということですが、その次のプロセス、患者からデータをとって、解析して、PMDAが必要とするようなデータに落として、それを申請するという役割とそのコストはまだ、聞こえてきません」とのべました。
佐々木さんは「いろいろご指摘を受けています。それらは、大事にしないといけないことの一つです」と認めたうえで、現時点でいえる回答をしました。未承認薬検討会議で、医療上必要性が高いとされたものは、国が企業に開発要請をし、通常、企業が負担して治験をします。国内開発企業が無い場合は、開発企業の公募を実施します。現状の「先進医療」では保険外併用が長期にわたるものがあり、国会審議でも問われていて、これらを解決しない限り、「患者申出療養」も信頼はかちえません。「患者申出」も「先進医療」も、長期にわたる保険外併用は、放置せずにきちんと整理していく。佐々木さんは「理由なく長期に保険外併用にしないことは、まずは『先進医療』から模範を示して、『患者申出療養』にもつなげていきます」とのべました。佐々木さんはさらに「国会答弁でもありましたが、長くやっていても、成果が出ないものは打ち切りとするなど、こちらから結果を迫って、公示から落とすなどの対応をします。この点は、患者申出療養が『先進医療』よりも、進んだところです。いくらこういうふうにやりますといっても、信頼していただけないと思いますので、運営するなかで、きちっと理由なく、保険外併用にとどまり続けることがない仕組みとします」とのべました。
佐々木さんの発言は、保険外にとどまり続けることへの懸念に、答えたものです。薬を開発する企業を見つけ出すようにする、ということのようです。
天野さんは「真島さんがいったのは、ランニングコスト的なことをどうするか、です」と切り返しました。「患者申出療養制度は複雑なうえに、制度を利用する患者の安全性を考えると、いろいろなコストがかかるでしょう。8月の中医協で、特定機能病院からの意見書で、病院側はその費用負担をするつもりはない、という趣旨の意見がありました。費用負担は、企業なのか、それとも患者なのか。企業からすれば、患者申出療養なのですから、患者が負担せよとなるのを危惧するところです」と質しました。「未承認薬の薬価に加えて、ランニングコスト的なものまで患者が負担するとなると、実際の患者負担はどれくらいになるのか、想像がつかない。希少がんや難病は、患者申出療養制度が導入されれば、患者が未承認薬を全額『自腹』でやってくれたほうが良いということになって、未承認薬の承認や保険償還にはむしろブレーキになる可能性について、ご指摘があったと思います。改めて見解を伺いたい」とのべました。
7.自由診療より自己負担が重い可能性も
患者申出療養制度と自由診療の患者負担が同等もしくはむしろ重いことにテーマが移り、佐々木さんは「その点もご心配いただいているところです」と回答しました。「先進医療の例でご紹介するしか実例がないのですが、患者がすべて負担するものもあるし、研究費を活用して、カバーしているものもあります。企業が先進医療を実施することで、次の開発につながると判断して、企業が資金を出して、患者の負担を軽減するものもあります。『患者申出療養』でも、その三つのパターンが出てくると思われます」
▲院内集会の様子(参議院議員会館にて)
「藤原先生のお話を聞いて、なるほど、そのような心配があるのかと、私も思ったところです。それが最初の説明に戻りますが、医療上の必要性が高く、保険診療とするべきものは、我々も放っておくことはしません。企業の開発が、具体的にインセンテイブが働くようにする仕組みにする。きょうは企業の方は来ていないようですが、患者団体としても、ヒアリングしてみてはどうでしょう。医療上の必要性が高いとされたものは、企業が放ったらかしにできないように、適切な仕組みとすべきです。医療ニーズが高いとされた医療機器も、保険収載に企業が取り組むようにしていかないといけません」
希少がん、難病領域の医薬品の薬事承認、保険償還が遅れぎみなことについて、藤原さんは「僕の推測にすぎませんが、企業はそういうヒアリングをしても、やれませんって、絶対に言うでしょう。ビジネスにならないから開発しない。『患者申出療養』で、海外から輸入すれば、彼らにとっては親会社、アメリカやイギリスの本社が儲けを回収できる。日本法人がわざわざ薬事承認をとらなくても、グローバル企業の観点からみれば関係ありません。日本の法人は絶対にやりたいというでしょうが、本社の外国人役員はそうはみません。あと、日本の高齢化、日本の国力、人口減を考えると、ASEAN のような、日本以外に投資をした方が有利であると。シンガポールやタイに行った方が新薬を使えるという時代がもしかしたら来るかもしれません。日本の制度が規制を厳しくすればするほど、日本で開発はしたがらなくなるでしょう。アメリカの薬価は高いけれども、日本の薬価は低いので、早めのマーケットへの参入はしたくないと、ビジネス上は判断されるかもしれません。ハートは持っていても、株式会社を運営する以上は、むつかしいかなと思われるでしょう。ただ、大きな企業にとっては、希少がんや難病での売り上げはそんなに大きな額ではないでしょうから、ボランティアの精神でやってくれるところはあるでしょうから、環境整備が大事です」とのべました。
さらに藤原さんは、「先ほど、佐々木さんが、企業に対し、インセンティブが大事だと話されました。端的な例は、新薬創出加算です。開発要請するときは、『飴』を用意して、こちらの開発も飲んでくださいね、と説得する材料に使うのです」とのべました。この仕組みを逆手にとって、「自分たちがニーズがないと判断して開発を後回しにしていたのに、実はマーケットニーズがあって、医師主導治験や先進医療が行われて、薬事承認の取得につながったとしたら、そのペナルティとして、薬価を低めにつけるというのはどうでしょう。企業にとっては、薬価が低くつくのは嫌だから、希少がんや難病の薬の開発を進めてくれるように思います」とのべました。
8.医療格差を生む仕組みはだめ
混合診療解禁が国民皆保険制度の崩壊に繋がる危機感について、伊藤さんが切り出しました。
伊藤さんは、「日本が皆保険になる前というのは、経験した人はそういないと思うので、私の一家の経験を話します。重い病気の治療費で一家が破産状態になるという状況は、今の状況と似ていると思います。私と妹は重症筋無力症でした。私は小児結核にもなり、当時は国民皆健康保険ではありませんでした。父親が復員で帰ってきても、定職がありません。さまざまなところから、お金を借りて、結核はアメリカの抗生物質をどこからかわかりませんが、闇で購入したのでしょう。それを病院へ持っていくと注射をしてくれました。なんとか、病状を安定させましたが、その借金のために、父親は下請けの下請けのまた下請けで炭鉱に入りました。日当は高かったようです。社員は会社が経営する病院にかかれるのですが、私たちは「町医者」にかかるしかありません。町にたった2軒の医院でした。妹が呼吸困難を起こしました。痰が詰まったのでしょう。大学病院から短時間の効果があるアンプルをもらっていったのですが、しかし、医師も使い方がわからない。吸引もできず、妹は亡くなりました。まだ若い母親はもう一人も亡くなると困るからというので、札幌へ戻りました」とのべました。伊藤さんは、国民皆保険になる前の、自身の経験を語った後「医療には格差があり、裕福な人たちがかかれる医療機関とそうでないところがありました。大きな会社に勤めていたら、会社の保険があって、当時は10割負担で、自己負担がゼロでした。保険のない、うちのような状態と、いざというとき、莫大なお金がかかるし、家族が負担するのですが、地域にはきちんと診る医師もいません。命にかかわる経験をした身としては、わずかであっても混合診療の解禁へ向かうのは、医療格差を生む仕組みとして、許すわけにはいかないのです」とのべました。
9.混合診療解禁の最終コーナー、一気に
伊藤さんは、医療が自由化へと向かう危険性や、医療政策策定プロセスにおける経済団体の介入について、発言を進めました。
経済団体が「医療制度の持続可能性」を説き、医療保険制度の破たん回避として提言をまとめています。混合診療の解禁、株式会社を医療に持ち込むものです。伊藤さんは、「国家戦略特区、患者の自主決定、貧富の格差がその前提になるわけですが、その結論は混合診療の解禁です。『患者申出療養』はそういう文脈の中から出てきた、と理解するのです。
厚労省は皆保険を守る立場だと思いますが、混合診療の解禁を防ぐまで、頑張ることができるのでしょうか。流れから言って、そう簡単なことではありません」とのべて、厚労省の考えをただしました。
佐々木さんは伊藤さんの質問を受け「質問と応援、激励をいただいたと思う」と返しました。「厚労省は、『選択療養』の提案に対して、国民皆保険制度では税金と保険、患者負担により運営されている仕組みですから、根拠ない医療の併用を認めることはできないと、主張しています。それとともに、医療には、情報の非対称があります。患者がどうしても病気を治したいと言っているときに、医師がこの治療は効果があるがどうですかといわれて、断るという判断ができるのか。この二つの考えをもとに、医師と患者が合意すればいいじゃないかという提案に対し、それは無理ですと、きちんと主張してきたところです。そういった基本線は、厚生労働省として外してはいないと考えています」とのべました。
「提言」は、必ずしも医療を十分にご理解いただいていない方が聞きかじりの知識で提言されたものもあるようです。佐々木さんは「保険外併用の話は、長い経過のある話であって、二つの原則、保険外併用の意味、患者に判断をゆだねるのはできないということです。『患者申出』という名称は、患者の負担、責任が高まるんじゃないか、というご指摘を受けますが、違います。政府内で協議して作り上げた結果ですから、きちんと制度を運用するなかで、今後ともこういう機会があればご指摘いただき、よりよくしていくことだと思います」とのべました。
堤さんは、「もう一つ、同時進行で勧められている医療機関の株式会社化にも懸念を感じます」と発言。「アメリカをみるとよくわかりますが、株式会社は、株主報酬を上げることが目的で、日本の医療制度の核である「社会保障」という考え方と対極にある。医療機関の株式会社化は、国会ではずいぶん厚労省や医師会が骨抜きにしようと押し戻しているようだが、国家戦略特区法という入り口から拡大してゆく流れが出来ています。旗を振っているのはさきほど申し上げた「有識者会議」。ここの人選を何とかしない限り、日本の社会保障は果てしなくビジネス優先の方向に押されてゆきます」
10.政策決定に力を持つ「有識者会議」にメスを
堤さんは、そもそも、有識者会議は、有識者が専門的知識を参考資料として出す位置づけだったはずが、いつの間にか政策の骨子を作るほど力を持つようになってしまったと警告します。「有識者会議が出した政策骨子が閣議決定され、数の力で国会を通る。法律がエスカレーター式に仕上がる仕組みが出来てしまっているのです。私達は厚労省や現政府ばかり責めるが、今野放しになっているのは、むしろこの「政策決定プロセス」の方。ここにメスを入れない限り医療はアメリカ型に進んでゆく。でもこの事はほとんど知られていません」とのべました。
患者と医師の、情報非対称性について、堤さんは父親が5年前に入院した際の体験を紹介し、患者の調べられる範囲には限界があると問題提起しました。「日本で英文の医学論文を読める患者がどれだけいるか?ほとんどの患者は新薬の情報を医師から聞くしかないでしょう。患者申出療養制度では、患者は医療機関の説明を聞いて納得しましたという署名をさせられるが、治験も通さず日本で未承認の保険外新薬情報を説明できる医療機関がどれだけあるというのか?医療機関への情報提供のメインは当然製薬会社になるでしょう。その際、昨今問題になっている、医療機関と製薬会社の不適切な関与をしっかり規制するルールは、この「患者申出療養制度」にはしっかり整備されているのか?と問いました。
佐々木さんは、最近、日本の臨床研究の信頼を失った事例も生じており、臨床研究での利益相反はきちんとルール、法律を作る流れです、とのべました。少なくとも現在、保険償還されているものは、薬事承認と保険収載という二つのハードルをクリアしている、一定の担保があるとのべました。
「先進医療においても、利益相反があれば退席を願いますし、説明資料も点検して、成果を煽るような表現は直させています。不足があれば、正していくことが大事だと思います」とのべました。
11.わらをもつかむ思いの患者心理
患者と医療者の間には情報の非対称性があることに触れながら、天野さんは、「治らないと言われたがん患者の中には、わらをもつかむ思いで、科学的根拠の明らかでない民間療法や自由診療のクリニックに向かう人もいます。それらに数百万円も払って、患者さんが亡くなってからご遺族にはその借金だけが残る、そういう例をたくさん見てきました。『患者申出療養』が始まれば、そういう方が増えるんじゃないか」と警鐘を鳴らしました。
「患者の中には、混合診療禁止を理不尽だという方がいるのは事実です。未承認薬に支払うお金はともかく、それ以外の診療は保険をきかせてほしい、といいます。お気持ちとしてはよく分かるのですが、昨年の読売新聞の記事で藤原先生が指摘されたように、実際は未承認薬以外の診療に保険をきかせても、患者の負担額は全額自費と患者申出療養制度とではほとんど変わらないのです。くわえて、その他のランニングコストまで患者が負担するとしたら、患者の負担額はもっと増えます。誰のための制度か、ますますわかりません」とのべました。
12.全額自費とほとんど負担は変わらない
藤原さんは、国内未承認薬で海外既承認薬を自由診療、評価療養、保険診療でそれぞれ使用した場合にかかる医療費を試算した資料を用いながら、「規制改革の議論が、はたから見て具体事例をちゃんと出さずに議論しているのはおかしいと思ったので、調べたものです。海外で承認されて日本で承認されていない薬を、うちの病院で治験をやっていた時の、外来・入院経費を参考にして、いくつかの薬剤でモデルケースとして医療費を計算してみました。卵巣がんのオラパリブという薬は、ひと月、自由診療だと119万円で『患者申出療養』だと115万円くらい。保険償還されれば、高額療養費制度も適応されるので、ひと月8万9000円で済みます。自由診療と患者申出療養はほとんど変わりません。うちの病院の医事課でほかのいくつかも計算してもらったのですが、同じでした」とのべました。
未承認薬を用いた場合の、患者さん自らが支払う医療費(モデルケース)(国立がん研究センターがん対策情報センター)
高本さんは、日本の医療がアジアの中で地盤沈下する話や、患者の持ち出しが多い話を受けて、「患者会に望むものはあるか」と質問しました。
藤原さんは、「日本の患者団体の方たちは、ピアサポートにはたけていらっしゃる。家族・友人を支える活動は優れているが、ペイシェントアドボガシー、ロビーイング、精緻な科学的なデータを、議員さんや厚労省に示して政策立案を助けるという、リサーチアドボカシー、これは真島さんが詳しいと思いますが、それが日本は足りないです。政治を動かすには、患者の声が一番です。理詰めで行えば通ります」とのべました。
堤さんは、「患者団体が政治的に絡みにくい現状はよくわかります。それでも、当事者の声は何よりも一番力がある。厚労省の中の、少しでも話の分かる職員、患者の側に立ってくれるマスコミ関係者を少しずつでも巻きこんでいってほしい。医療というテーマは国民には専門的で難しいというイメージがあり、マスコミもそこにあわせて簡単にしか報道しないという負の循環になってしまっているからです」とのべました。
「当事者を軸にして、この事に危機意識を持つ(今日この会場に来てくれている)マスコミ関係者や、心ある厚労省職員、国会議員、医師、そして国民は少なからずいます。その人たちが少しずつでも連携し声を上げ続けることが、その負の循環を壊す力になるのです。国民皆保険制度がじわじわと崩されていっている事が気づかれないのは、日本国民がその存在を当たり前だと思っていて、この制度のことを知らないから。無知と無関心につけこまれている現状で私達が沈黙すれば、あっという間に失ってしまう」最後に堤さんはこう言いました。「でも今は昔と違い、国民は将来に強い不安を抱いています。だから逆説的ですが実は昔より声は届きやすくなっている。今日のようなラウンドテーブルも、小さく見えても大きな力につながってゆくはずです。この国の医療の未来を左右する有識者会議に、誰よりもその痛みを知る当事者である患者団体を入れてほしいと、国会議員たちを揺さぶりましょう。私達は誰でも、明日自分や家族が患者になる可能性を持っている。この国の医療の未来を一部の人々だけに委ねるのではなく、私達皆が守ってゆきましょう」
▲川田龍平参議院議員
最後に会場で傍聴していた川田龍平参議院議員に感想をたずねました。川田議員が、中医協で患者当事者の声を聞くべきだと国会で質問したことで、9月9日、中医協でのヒアリングが実現したのです。川田議員は、安保関連法案に対し国民が声をあげ、政治を動かす時代の前夜を迎えたことを強調し、患者の声が通るように、いい医療ができるようにしたいとのべました。
(以上)
(この記録のテキスト部分は、当日の録音を元に日本難病疾病団体協議会事務局が作成した原稿に、すべての出席者から発言の加筆修正を行っていただいて仕上げたものです)